天目の輝き 鎌田 幸二 展

唯一無二の宇宙を求めて。

「現代の天目」第一人者、
作陶50年の集大成がここに。

宇宙や星空に例えられる輝き。
中国から伝来した黒釉碗「天目」は、時の茶人らに珍重されながら、製法には謎も多く、神秘的な存在として現在まで人々を虜にしてきた。
鎌田幸二はその「碗の中の宇宙」に魅せられ、約50年、京都で天目の作陶に挑み続けている。
古典を紐解きながら、独自に天目釉と焼成の研究を重ね、「自分だけの天目」を追求し辿り着いた「燿き」は、吸い込まれるように奥深く、包み込むようなぬくもりを醸し出す。
品格の中に慈愛が広がる、至高の現代天目。
1980年頃に登窯で焼成した貴重な作品から最新作まで、半世紀に及ぶ作陶の集大成をぜひご高覧ください。

燿変油滴天目 茶盌

  • 燿変翠光天目 茶盌
  • 窯変銀漿天目 茶盌・銀漿天目掛分 水指・窯変銀漿天目 花瓶
  • images燿変翠青天目 茶盌Φ12.8 × H 7.2 cm
  • images褐兎毫斑天目 茶盌Φ13.0 × H 7.2 cm
  • images翠青油滴天目 茶盌Φ13.0 × H 7.1 cm
  • images窯変黄天目 茶盌Φ12.6 × H 7.2 cm
  • images河南天目 平茶盌Φ14.6 × H 5.3 cm
  • images玳玻盞梅花天目 平茶盌Φ15.2 × H 5.4 cm
  • images窯変灰被天目 茶盌Φ13.0 × H 7.3 cm
  • images月白天目 茶盌Φ13.0 × H 7.2 cm

芸術の原風景と出会う「天目の輝き」鎌田幸二展

「天目」、その名は陶芸ファンならずとも聞き覚えがあるのではないでしょうか。
13世紀頃、中国の天目山へ参禅していた僧たちが黒釉の茶碗を持ち帰り、地名にちなんで「天目」と呼ぶようになったと言われます。時代が下り、茶の湯で唐物数寄が流行する室町時代に、それら黒釉の茶碗が大いにもてはやされました。漆黒の釉の上に銀の斑紋や、青や虹色の虹彩が現れる「曜変」。金や銀の油滴斑が現れる「油滴」。結晶が流れた筋を稲穂の毛(禾)に見立てた「禾目」。他にも様々な種類があり、「天目」という語は当初、その中の1種類を指していましたが、やがて黒釉碗全体を総称するようになり、今日では「曜変天目」「油滴天目」「禾目天目」などのような呼び方が使われています。特に「曜変天目」は世界中でも日本に伝わる3碗しか現存しておらず、全て国宝に指定されていることからも、いかに日本人がこのやきものを賞翫してきたかが窺えるでしょう。
一方で、結晶の輝きがどのように焼かれて生まれたのか、その製法は謎に満ちています。近現代に入るとその謎を解き明かそうと窯業化学に基づいた研究が進み、さらに神秘の輝きの再現に挑む陶芸家たちも現れました。
鎌田幸二先生はおよそ50年前、天目に魅せられ、古典の研究から独自の天目釉や焼成技法を開発されてきた、まさに現代の天目の第一人者として活躍されている作家です。京都でお生まれになり、美術が好きで陶芸の道を志し、五条坂の陶芸家・清水正氏の元で登窯の作陶を手伝いながら、並行して京都府立陶工訓練校に通われます。修了後、同校の指導員として教職に就き後進の育成に当たる傍ら、釉薬の調合などさらなる知見を深め、登窯で天目の作陶に挑んでおられました。
当初は古典の再現を目指していましたが、次第に独自の天目を模索し始めます。そこには、「鉄釉陶器」の人間国宝・清水卯一氏の存在がありました。そのご子息・保孝氏と同級生だった鎌田先生は、清水卯一氏から「古典を基礎としながら、独自のものを作らなければいけない」と作陶の姿勢について薫陶を受けられたのです。
そして、すでに取り入れていた「二度焼き」に加え「三度焼き」への展開、天目釉の調合や「二重掛け」の技法など、膨大な試行錯誤の末に『銀漿』『翠青』『紫光』『翠光』などの独自の天目を開発されました。その輝きは吸い込まれそうな奥深さと、包み込まれるようなぬくもりを湛え、生命の根源である宇宙が、碗の中に広がっているようです。天目の伝統的な品格とともに、現代的な佇まいも備えた形状にも匠の技が見えます。
今回は1980年頃に登窯で作られた貴重な一碗から現在までの作品を一堂に揃えた、まさに半世紀に及ぶ作陶の集大成と呼ぶにふさわしい展覧会です。
ぜひ現代の天目の麗しい輝きを、心ゆくまでお楽しみください。

緑ヶ丘美術館 館⻑ 菅野⼀夫

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<数量限定>一筆箋 30枚綴り 2種
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<数量限定>レターセット 封筒3枚・便箋10枚組 3種
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